大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和48年(ワ)209号 判決

原告

田丸木材工業株式会社

右代表者

田丸金市

右訴訟代理人

岡田俊男

外一名

原告

キリン木材株式会社

右代表者

竹内徳三

右訴訟代理人

中村勝次

被告

総領町農業協同組合

右代表者

上滝孝

右訴訟代理人

穐山定登

外一名

主文

一  被告は原告田丸木材工業株式会社に対し、金一八六万一、二一八円及びこれに対する昭和四七年二月一日から、支払済に至るまで年六分の割合による金員並びに金三三九万一、四八七円及びこれに対する昭和四七年六月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告キリン木材株式会社に対し金二三八万七五〇〇円及びこれに対する昭和四七年八月二八日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分しその三を原告らの負担としその一を被告の負担とする。

五  本判決一、二項につき仮りに執行することができる被告が原告田丸木材工業に対し金一〇〇万円原告キリン木材株式会社に対して金五〇万円の担保を供するときは原告らの仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告ら

一、被告は原告田丸木材工業株式会社に対し金七四四万四、八七〇円及びこれに対する昭和四七年二月一日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員、並びに一三五六万五、九四九円及びこれに対する同年六月一日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、被告は原告キリン木材株式会社に対し金九〇〇万円及びこれに対する昭和四七年八月二八日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、仮執行の宣言を求める。

被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

敗訴の場合は仮執行免脱の宣言を求める。

第二  当事者の主張

原告田丸木材工業株式会社(以下原告田丸木材という)の請求原因

一、原告は肩書住所地に本店及び営業所を有し材木の製造販売を業とする会社である。

二、原告は訴外有限会社陶山製材所(以下訴外会社という)との間において昭和四四年一一月一〇日頃から材木の取引をしていたが一年位経過して訴外会社の代金支払状況が悪化したので取引を中止しようとしたところ被告は訴外会社が被告の組合員であるので地域の産業育成のためその営業を継続させるべく援助することを決め原告に対し右取引によつて生ずる債務を保証することを申し入れ原・被告間にその旨の契約が締結され原告はその後も取引を続けた。

三、右取引により原告は訴外会社に対し昭和四七年二月一日現在七四四万四、八七〇円の売掛代金等未払の債権を有するが被告はそのうち三五七万九〇〇〇円につき昭和四六年一〇月三〇日、一五一万六、三三一円につき同年九月二〇日、二三四万九、五三九円につき同年一〇月一五日、それぞれ訴外会社のため保証する旨意思表示をした。

四、ところが訴外会社は右各債務につき弁済期を経過してもこれを支払わないので原告は被告に対し右保証債務合計金七四四万四、八七〇円及び最終の弁済期の翌日である昭和四七年二月一日以降支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五、更に原告は訴外会社に対し昭和四七年一月一〇日現在一三五六万五、九四九円の材木売掛金等未払債権を有するが被告はそのうち一五八万六、一三一円について昭和四六年一〇月一五日、三七一万三、三八五円について同年一二月八日、一四〇万八、七〇八円及び二〇〇万円について同年一二月八日、四八五万七、七二五円について昭和四七年一月一〇日それぞれ訴外会社のため連帯保証をなす旨意思表示した。

六、ところが、訴外会社は右債務の弁済期を経過しても支払わないので原告は被告に対し右保証債務合計金一三五六万五、九四九円及びこれに対する最終の弁済期の翌日である昭和四七年六月一日以降支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

原告キリン木材株式会社(以下原告キリン木材という)の請求原因

一、原告は訴外会社から額面五〇〇万円振出人住吉工芸株式会社、受取人訴外会社、振出日昭和四六年一二月二〇日支払期日昭和四七年三月二五日振出地支払地共に大阪市、支払場所株式会社近畿相互銀行緑橋支店の記載ある約束手形一通及び額面四五五万円振出日昭和四七年一月一四日支払期日同年五月二五日その他の記載前同様の約束手形一通をそれぞれ訴外会社から裏書譲渡を受け所持しているところ右二通の手形を支払期日に支払場所に呈示して支払いを求めたところ支払いを拒絶された。

二、そして被告は原告に対し、昭和四七年一月一一日及び同月一九日にそれぞれ右二通の約束手形金の支払いを保証する旨意思表示をした。

三、ところが訴外会社は右手形金を支払わないので被告に対し額面合計九五五万円のうち九〇〇万円につき昭和四七年八月二八日以降支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告の答弁

原告、田丸木材に対し

一、請求原因一項は認める、二項につき訴外会社が被告の組合員であること、原被告間に保証契約が締結されたことを各否認し、(但し訴外会社の代表者が組合員であつたことは認める)その余の事実は不知、三項の保証をなしたことを否認しその余は不知、四項の訴外会社の不払いは不知、その余は争う。五項の連帯保証をなしたことを否認しその余は不知、六項の訴外会社の不払いは不知、その余は争う。

二、仮りに被告が右保証ないし連帯保証をなしたとしてもそれは被告の事業遂行のため必要な範囲外の行為として無効であるから保証責任を負担しない。

原告キリン木材に対し

一、請求原因一項は不知、二項を否認し、三項を争う。

二、仮りに被告が右保証をなしたとしてもこれは被告の事業遂行のため必要な範囲外の行為として無効であるから保証責任を負担しない。

原告らの予備的主張

一、仮りに被告のなした手形支払の保証が無効又は違法であるとしても民法四三条の「目的の範囲内」という制限は代表権の制限の一種であり民法一一〇条の表見代理の規定を類推適用して被告にその支払義務がある。

二、仮りに右が認められないとしても被告の組合長もしくは理事がその義務を行うにつき故意又は過失により他人に損害を加えたときは組合にその賠償義務があるが組合長もしくは理事の行為が被告組合の事業範囲に属するものでなくても外形的に被告組合の事業範囲と認められるものであるときには民法四四条一項、農協法四一条、民法五三条、五四条により被告はその賠償責任を負う。

三、仮りに右が認められず被告の専務理事又は管理課長が勝手に被告組合の目的外の行為をしたとしても右行為は事業の執行につきなされたものであるから被告は民法七一五条により使用者責任を負担すべきものである。

被告の抗弁

仮りに被告に農協法四一条、民法四四条一項、七一五条一項の責任があるとしても原告としては被告の専務理事及び管理課長が、非組合員でありかつ営利会社である訴外会社のため多額の債務につき保証をなす権限のないことは被告が農業協同組合であることからして当然認識しえたものであり又認識できなかつたとしても商人である原告としてはなんらかの疑いをもつのが経験則上当然の義務であり少くとも農協関係機関、被告の代表者である組合長もしくは被告の重要な事業運営につき決定権を有する理事会に確認する等調査をなすべき義務があるのにこれを怠つたため、本件結果を惹起したものであるから重大な過失がある。

よつて本訴において過失相殺を主張する。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一原告田丸木材と訴外会社との取引関係

〈証拠〉を総合するとつぎの事実が認められる。

原告田丸木材は昭和四四年一〇月頃訴外会社に対し集成材の芯材及び化粧板を売り渡す取引を始めたところ訴外会社の経営状態が悪化したため二度にわたり取引を中絶したことがあつたがその頃、被告の専務理事に新たに就任した加藤千朗が原告会社を訪れ常務取締役沖室章に対し「訴外会社は総領町という過疎地に存在する唯一の企業であるから自分の顔に免じて取引を再開して欲しい。組合総会の決議を得れば保証するから」、と懇請するので昭和四五年九月頃、中絶していた取引を再開した。しかし原告の社長田丸金市がこれを知り取引を止めるよう命じたので同年一二月再び取引を止めた。

その後昭和四六年三月になつて加藤専務理事が被告の理事会で保証することに決議したから、安心して取引を再開して欲しいと更に懇請をしたので原告は取引再開に応じた。その結果訴外会社の原告に対する買掛金支払いのため、訴外会社が昭和四六年五月一八日振り出した額面五八〇万九、五四八円の約束手形につき前記加藤専務理事は管理課長土谷友幸に指示して共同振出人欄に被告の組合長和田文彦名義のゴム印を押捺してこれを原告に交付した。しかし手形交換に廻ると農協の性質上批判を受けるおそれがあることを考え同年一〇月三〇日訴外会社が原告から割引きを受けるため裏書譲渡した額面三五七万九、〇〇〇円の約束手形については前同様土谷管理課長が組合長和田文彦名義のゴム印を押捺した保証書(甲イ第一号証)を原告に交付する方法をとり昭和四六年九月二〇日には訴外会社が原告に対する買掛金支払いのため振り出した額面一五一万六、三三一円の約束手形につき前同様保証書(甲イ第三号証)を交付し同年一〇月一五日には訴外会社が原告に対する買掛金支払いのため振り出した額面二三四万九、五三九円及び額面一五八万六、一三一円の各約束手形につき前同様保証書(甲イ第五号証)第九号証を交付し、昭和四六年一二月八日には訴外会社が原告に対する買掛金支払いのため振り出した額面、三七一万三、三八五円の約束手形につき前同様保証書(甲イ第一一号証)を交付し、同年一二月一五日には訴外会社が原告に対する買掛金支払いのため振り出した額面一四〇万八、七〇八円の約束手形につき前同様保証書(甲イ第一三号証)を交付し昭和四七年一月一〇日には訴外会社が原告に対する買掛金支払いのため振り出した額面四八五万七、七二五円の約束手形につき前同様保証書(甲イ第一七号証)を交付した。

以上いずれも訴外会社から保証の見返り担保を確保することはしなかつた。被告の定款によれば組合員の事業又は生活に必要な、資金の貸付を行なうものであるが、訴外会社の代表者である陶山孝一は組合員であつても訴外会社は組合員でなく、組合員でない訴外会社の債務につき被告が保証という負担をなしえないことは加藤専務理事も認識していた。又その定款によれば専務理事は組合長事故あるときはその職務を代理し組合長欠員のときはその職務を行うと規定されているところ被告組合長和田文彦が本件の保証書作成交付の時期において病気その他により組合長としての職務を執行しえなかつた事実はない。訴外会社はその後昭和四七年一月三一日に至り不渡手形を出し現在負債五億円を抱え倒産した。

ところが右加藤専務理事及び土谷管理課長は被告組合長和田文彦に対して右訴外会社振り出しの約束手形に手形外の保証をし、ないしは保証したことを稟議、報告したことなくもとより被告の理事会総会の決議を経たことなく、和田組合長は右事情を昭和四七年一月末か二月初頃まで知らず、これを知るに及んで驚ろいて自殺を計る事件が発生した。もつとも和田組合長は昭和四五年組合長に就任した当時被告の陶山孝一に対する貸付が五、五〇〇万円あつたのでこの回収を計るため訴外会社の経営を援助する必要上訴外会社の製品を譲渡担保として一、九〇〇万円を限度として融資することを承認したことがある。

以上の事実が認められ〈証拠排斥〉。

二原告キリン木材と被告との取引関係

〈証拠〉によればつぎの事実が認められる。

原告は昭和四四年頃から訴外会社に納材の取引をしていたが訴外会社振り出しの手形が不渡りとなり又売掛代金の支払いを受けられないので一年間位経過した頃取引を中止していたところ被告の加藤専務理事から原告会社の常務取締役吉村弘に対し訴外会社の再建を計るための資金として訴外会社の陶山孝一が持参する約束手形につき、被告において支払いを保証するから割引いて欲しいと依頼があり原告は住吉工芸株式会社振り出し訴外会社裏書にかかる額面五〇〇万円の約束手形(甲ロ第一号証の一、二)を割引し加藤専務理事は昭和四七年一月一一日土谷管理課長に作成させた被告組合長和田文彦のゴム印の押捺してある保証書(甲ロ第三号証)を原告へ交付し更にその後加藤専務理事土谷管理課長陶山孝一が同道して原告会社の吉村常務を訪れ訴外会社が不渡手形を出すのを免れるため被告が保証するから融資して貰いたいと懇願したので原告は訴外会社裏書にかかる額面四五五万円の約束手形(甲ロ第二号証の一、二)を割引し加藤専務理事は同年一月一九日前同様の保証書(甲ロ第四号証)を原告に交付した。

以上の事実を認めることができ〈証拠排斥〉。

保証書作成の経緯、和田組合長との関係訴外会社が不渡手形を出し倒産したことは原告田丸木材との取引関係につき判示したとおりである。

三原告らは被告に対し保証契約の成立を前提として保証債務の履行を求めるけれども右認定事実に徴すると原告主張の保証契約は被告の加藤専務理事が組合の定款に従い被告組合長の職務を代理する立場として締結したものとは認め難く、加藤専務理事及び土谷管理課長は和田組合長の意思に反しかつ定款の定める組合理事会の決議を経ず報告を代表する権限なくして原告らに対し訴外会社の手形債務を保証する書面を交付したものと認めることができ、しかも右定款により被告はその性格上組合員でない訴外会社の債務について保証しえないものと解すべきであるから右契約は無効であつて被告は右保証責任を負担しないものといわねばならない。

四次に保証債務の支払いを求める原告らの予備的主張について判断するに被告は農業協同組合であつて組合員の相互抹助、助成を図り組合員に最大の奉仕をすること(農業協同組合法第八条)目的として設立されたものでその行いうる事業の範囲は同法及び被告組合の定款に明定されているところであるから非組合員である訴外会社の取引先に対する多額の手形債務に保証しえないことは右取引先である原告らもこれを当然認識しうべきものと解すべく被告が右保証をなしうると信ずるにつき正当の理由があつたものとは認め難いから原告主張の民法第一一〇条の類推適用により被告に契約上の保証責任を認めることはできない。

五原告らの民法第四四条、第七一五条に基く損害賠償請求の予備的主張について

前記認定事実に徴すると原告らはいづれも訴外会社と取引関係にあつたが訴外会社の経営が悪化し売掛代金の支払いを受けられないので取引を中止していたところ被告の加藤専務理事が被告の理事会の決議を得たから訴外会社の債務を保証すると確約したので改めて訴外会社と取引を再開して納材し或いは訴外会社のため手形割引をしたものでありその後訴外会社の倒産により訴外会社から受取つた約束手形金の支払いを受けることができず被告も保証責任を否認するため右額面金額に相当する損害を蒙つたこと、加藤専務理事は被告が組合員でない訴外会社の手形債務につき保証しえないこと並びに被告理事会の承認決議を経ていないことを知りながら敢えて訴外会社に対する債権回収を急ぎ訴外会社の経営悪化を救うため訴外会社の事業を再開しもしくは資金をえさせるべく原告らに対し被告が保証するからとか被告組合理事会の承認をえたからと虚偽の事実を申し向け本件保証書を交付したものであつて右は被告の被用者たる加藤専務理事が職務を執行するにつき不法に第三者たる原告らに損害を加えたものというべきであるから被告は民法第七一五条によりその損害を賠償する責任がある。加藤専務理事は前認定のごとく被告組合長の職務を代理する資格において右保証書を作成交付したものとは認め難いので被告は民法第四四条に基く法人の代表機関のなした不法行為上の責任を負担するものとは解しない。

被告はこの場合仮定的に過失相殺を主張するので判断するに原告らとしては、加藤専務理事らが被告において訴外会社の債務を保証すると約したとはいえ被告が農業協同組合として非組合員である訴外会社の取引上の債務を負担しえないことは少くとも認識すべきであり、理事会の承認決議を経ているか否かについても被告の機関もしくは理事会にあたつて容易に確認しうべきことであるがその確認調査をしないで漫然訴外会社との取引を再開し訴外会社振り出しないし裏書の約束手形を割引いたものであつて原告らとしても自己らの損害の発生につき責任原因あるものといわねばならない。

従つて原告らの蒙つた損害額につき過失相殺を免れず公平の観念に照らし原告らの過失割合を三、被告の過失割合を一と認めるのが相当である。

六そうすると被告が原告田丸木材に対して負担すべき損害賠償額は約束手形(甲イ第二、第四第六号証)金相当額の損害金合計七四四万四、八七〇円の四分の一である一八六万一二一八円並びに約束手形(甲イ第八、第一〇、第一二、第一四、第一六号証)金相当額の損害金合計一三五六万五、九四九円の四分の一である三三九万一、四八七円となり前者に対しては保証書交付による不法行為後の昭和四七年二月一日から後者に対しては右不法行為後の同年六月一日から各支払済に至るまで年六分の割合による損害金を支払うべき義務があり原告田丸木材の本訴請求は右の限度で認容しその余は失当であるから棄却することとする。

七又被告の原告キリン木材に対して負担すべき損害賠償額は約束手形(甲ロ第一の一、二第二の一、二号証)金相当額の損害金合計九五五万円の四分の一である二三八万七、五〇〇円となりこれに対し右不法行為後の昭和四七年八月二八日から支払済に至るまで年六分の割合による損害金を支払うべき義務がある。原告キリン木材の本訴請求は右限度において認容しその余は失当であるから棄却することとする。

八原告らと被告との訴訟費用の負担については民訴法八九条九二条本文九三条一項本文によりこれを四分しその三を原告らの負担としその余を被告の負担とし仮執行の宣言並びに免脱の宣言につき同法一九六条一項三項を適用し主文のとおり判決する。

(田辺博介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例